рムたり縮んだり、曲がったり、くねったりする。しかしどう変化してもやはり明らかに桜の姿を保《たも》っているところが非常に面白い。
「こいつは愉快だ。奇麗《きれい》で、変化があって。こう云う風に動かなくっちゃ面白くない」
「人間もそう云う風にさえ動いていれば、いくら動いても大丈夫ですね」
「非人情でなくっちゃ、こうは動けませんよ」
「ホホホホ大変非人情が御好きだこと」
「あなた、だって嫌《きらい》な方じゃありますまい。昨日《きのう》の振袖《ふりそで》なんか……」と言いかけると、
「何か御褒美《ごほうび》をちょうだい」と女は急に甘《あま》えるように云った。
「なぜです」
「見たいとおっしゃったから、わざわざ、見せて上げたんじゃありませんか」
「わたしがですか」
「山越《やまごえ》をなさった画《え》の先生が、茶店の婆さんにわざわざ御頼みになったそうで御座います」
余は何と答えてよいやらちょっと挨拶《あいさつ》が出なかった。女はすかさず、
「そんな忘れっぽい人に、いくら実《じつ》をつくしても駄目ですわねえ」と嘲《あざ》けるごとく、恨《うら》むがごとく、また真向《まっこう》から切りつけるがごとく二の矢をついだ。だんだん旗色《はたいろ》がわるくなるが、どこで盛り返したものか、いったん機先を制せられると、なかなか隙《すき》を見出しにくい。
「じゃ昨夕《ゆうべ》の風呂場も、全く御親切からなんですね」と際《きわ》どいところでようやく立て直す。
女は黙っている。
「どうも済みません。御礼に何を上げましょう」と出来るだけ先へ出て置く。いくら出ても何の利目《ききめ》もなかった。女は何喰わぬ顔で大徹和尚《だいてつおしょう》の額を眺《なが》めている。やがて、
「竹影《ちくえい》払階《かいをはらって》塵不動《ちりうごかず》」
と口のうちで静かに読み了《おわ》って、また余の方へ向き直ったが、急に思い出したように、
「何ですって」
と、わざと大きな声で聞いた。その手は喰わない。
「その坊主にさっき逢《あ》いましたよ」と地震に揺《ゆ》れた池の水のように円満な動き方をして見せる。
「観海寺《かんかいじ》の和尚ですか。肥《ふと》ってるでしょう」
「西洋画で唐紙《からかみ》をかいてくれって、云いましたよ。禅坊さんなんてものは随分|訳《わけ》のわからない事を云いますね」
「それだから、あんなに肥れるんでし
前へ
次へ
全109ページ中74ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング