構ふるの時に方《あた》つて大苦あるものの如し、既に来れば則ち大喜、衣を牽《ひ》き、床を遶《めぐ》りて狂呼す、「バーンス」詩を作りて河上に徘徊《はいくわい》す、或は呻吟《しんぎん》し、或は低唱す、忽ちにして大声放歌|欷歔《ききょ》涙下る、西人此種の所作をなづけて、「インスピレーション」といふ、「インスピレーション」とは人意か将《は》た天意か
「デクインシー」曰く、世には人心の如何《いか》に善にして、又如何に悪なるかを知らで過ぐるものありと、他人の身の上ならば無論の事なり、われは「デクインシー」に反問せん、君は君自身がどの位の善人にして、又どの位の悪人たるを承知なるかと、豈《あに》啻《たゞ》善悪のみならん、怯勇《けふゆう》剛弱高下の分、皆此反問中に入るを得べし、平かなるときは天落ち地欠くるとも驚かじと思へども、一旦事あれば鼠糞《そふん》梁上《りやうじやう》より墜《お》ちてだに消魂の種となる、自ら口惜しと思へど詮《せん》なし、源氏征討の宣旨《せんじ》を蒙《かうむ》りて、遥々《はる/″\》富士川迄押し寄せたる七万余騎の大軍が、水鳥の羽音に一矢《いつし》も射らで逃げ帰るとは、平家物語を読むもの
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