て、己等《おのれら》亦|曾《かつ》て狂気せる事あるを自認せざる可《べ》からず、又|何時《いつ》にても狂気し得る資格を有する動物なる事を承知せざるべからず、人|豈《あに》自ら知らざらんやとは支那の豪傑の語なり、人々自ら知らば固《もと》より文句はなきなり、人を指して馬鹿といふ、是れ己が利口なるの時に於て発するの批評なり、己も亦何時にても馬鹿の仲間入りをするに充分なる可能力を具備するに気が付かぬものの批評なり、局に当る者は迷ひ、傍観するものは嗤《わら》ふ、而も傍観者必ずしも棊《き》を能くせざるを如何《いかん》せん、自ら知るの明あるもの寡《すく》なしとは世ヤにて云ふ事なり、われは人間に自知の明なき事を断言せんとす、之を「ポー」に聞く、曰《いは》く、功名眼前にあり、人々何ぞ直ちに自己の胸臆を叙して思ひのまゝを言はざる、去れど人ありて思《おもひ》の儘《まゝ》を書かんとして筆を執《と》れば、筆忽ち禿《とく》し、紙を展《の》ぶれば紙忽ち縮む、芳声《はうせい》嘉誉《かよ》の手に唾《つば》して得らるべきを知りながら、何人《なんびと》も※[#「足へん+厨」、第3水準1−92−39]躇《ちゆうちよ》して果たさ
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