来ん。尤《もっと》も当時はあまり本を読む方でも無かったが、兎《と》に角《かく》自分の時間というものが無いのだから、止むを得ず俳句を作った。其から大将は昼になると蒲焼《かばやき》を取り寄せて、御承知の通りぴちゃぴちゃと音をさせて食う。それも相談も無く自分で勝手に命じて勝手に食う。まだ他の御馳走《ごちそう》も取寄せて食ったようであったが、僕は蒲焼の事を一番よく覚えて居る。それから東京へ帰る時分に、君払って呉《く》れ玉えといって澄まして帰って行った。僕もこれには驚いた。其上まだ金を貸せという。何でも十円かそこら持って行ったと覚えている。それから帰りに奈良へ寄って其処《そこ》から手紙をよこして、恩借の金子《きんす》は当地に於《おい》て正に遣《つか》い果《はた》し候とか何とか書いていた。恐らく一晩で遣ってしまったものであろう。
 併《しか》し其前は始終《しじゅう》僕の方が御馳走《ごちそう》になったものだ。其うち覚えている事を一つ二つ話そうか。正岡という男は一向学校へ出なかった男だ。それからノートを借りて写すような手数をする男でも無かった。そこで試験前になると僕に来て呉《く》れという。僕が行ってノ
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