》にした。けれども名がないのでついに彼を呼ぶ事ができなかった。ところが生きたものを相手にする彼らには、是非とも先方の名を呼んで遊ぶ必要があった。それで彼らは私に向って犬に名を命《つ》けてくれとせがみ出した。私はとうとうヘクトーという偉い名を、この小供達の朋友《ほうゆう》に与えた。
それはイリアッドに出てくるトロイ一の勇将の名前であった。トロイと希臘《ギリシャ》と戦争をした時、ヘクトーはついにアキリスのために打たれた。アキリスはヘクトーに殺された自分の友達の讐《かたき》を取ったのである。アキリスが怒《いか》って希臘|方《がた》から躍《おど》り出した時に、城の中に逃げ込まなかったものはヘクトー一人であった。ヘクトーは三たびトロイの城壁をめぐってアキリスの鋒先《ほこさき》を避けた。アキリスも三たびトロイの城壁をめぐってその後《あと》を追いかけた。そうしてしまいにとうとうヘクトーを槍《やり》で突き殺した。それから彼の死骸《しがい》を自分の軍車《チャリオット》に縛《しば》りつけてまたトロイの城壁を三度|引《ひ》き摺《ず》り廻した。……
私はこの偉大な名を、風呂敷包にして持って来た小さい犬に与
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