う」
「そうかも知れませんが、形や色が始終《しじゅう》変っているうちに、少しも変らないものが、どうしてもあるのです」
「その変るものと変らないものが、別々だとすると、要するに心が二つある訳になりますが、それで好いのですか。変るものはすなわち変らないものでなければならないはずじゃありませんか」
 こう云った私はまた問題を元に返して女に向った。
「すべて外界のものが頭のなかに入って、すぐ整然と秩序なり段落なりがはっきりするように納まる人は、おそらくないでしょう。失礼ながらあなたの年齢《とし》や教育や学問で、そうきちん[#「きちん」に傍点]と片づけられる訳がありません。もしまたそんな意味でなくって、学問の力を借りずに、徹底的にどさりと納まりをつけたいなら、私のようなものの所へ来ても駄目《だめ》です。坊さんの所へでもいらっしゃい」
 すると女が私の顔を見た。
「私は始めて先生を御見上げ申した時に、先生の心はそういう点で、普通の人以上に整《とと》のっていらっしゃるように思いました」
「そんなはずがありません」
「でも私にはそう見えました。内臓の位置までが調《ととの》っていらっしゃるとしか考えられ
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