い》としていた事が解った。
「高田の旦那《だんな》などにもだいぶ御世話になりました」
その高田というのは私の従兄《いとこ》なのだから、私も驚いた。
「へえ高田を知ってるのかい」
「知ってるどころじゃございません。始終《しじゅう》徳《とく》、徳《とく》、って贔屓《ひいき》にして下すったもんです」
彼の言葉|遣《づか》いはこういう職人にしてはむしろ丁寧《ていねい》な方であった。
「高田も死んだよ」と私がいうと、彼は吃驚《びっくり》した調子で「へッ」と声を揚《あ》げた。
「いい旦那でしたがね、惜しい事に。いつ頃《ごろ》御亡《おな》くなりになりました」
「なに、つい此間《こないだ》さ。今日で二週間になるか、ならないぐらいのものだろう」
彼はそれからこの死んだ従兄《いとこ》について、いろいろ覚えている事を私に語った末、「考えると早いもんですね旦那、つい昨日《きのう》の事としっきゃ思われないのに、もう三十年近くにもなるんですから」と云った。
「あのそら求友亭《きゅうゆうてい》の横町にいらしってね、……」と亭主はまた言葉を継《つ》ぎ足した。
「うん、あの二階のある家《うち》だろう」
「ええ御二
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