ば、やれないとも限らないのである。しかし自分が病気のとき、仕事の忙がしい時、またはそんな真似《まね》のしたくない時に、そういう注文が引き続いて起ってくると、実際弱らせられる。彼らの多くは全く私の知らない人で、そうして自分達の送った短冊を再び送り返すこちらの手数《てすう》さえ、まるで眼中に置いていないように見えるのだから。
 そのうちで一番私を不愉快にしたのは播州《ばんしゅう》の坂越《さごし》にいる岩崎という人であった。この人は数年前よく端書《はがき》で私に俳句を書いてくれと頼んで来たから、その都度《つど》向うのいう通り書いて送った記憶のある男である。その後《のち》の事であるが、彼はまた四角な薄い小包を私に送った。私はそれを開けるのさえ面倒だったから、ついそのままにして書斎へ放《ほう》り出《だ》しておいたら、下女が掃除《そうじ》をする時、つい書物と書物の間へ挟《はさ》み込んで、まず体《てい》よくしまい失《な》くした姿にしてしまった。
 この小包と前後して、名古屋から茶の缶が私宛《わたくしあて》で届いた。しかし誰が何のために送ったものかその意味は全く解らなかった。私は遠慮なくその茶を飲んで
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