寒い日の照らない北側の縁に出て、硝子戸《ガラスど》のうちから、霜《しも》に荒された裏庭を覗《のぞ》くと、二つともよく見える。もう薄黒く朽《く》ちかけた猫のに比べると、ヘクトーのはまだ生々《なまなま》しく光っている。しかし間もなく二つとも同じ色に古びて、同じく人の眼につかなくなるだろう。
六
私はその女に前後四五回会った。
始めて訪《たず》ねられた時私は留守《るす》であった。取次のものが紹介状を持って来るように注意したら、彼女は別にそんなものを貰う所がないといって帰って行ったそうである。
それから一日ほど経《た》って、女は手紙で直接《じか》に私の都合を聞き合せに来た。その手紙の封筒から、私は女がつい眼と鼻の間に住んでいる事を知った。私はすぐ返事を書いて面会日を指定してやった。
女は約束の時間を違《たが》えず来た。三《み》つ柏《かしわ》の紋《もん》のついた派出《はで》な色の縮緬《ちりめん》の羽織を着ているのが、一番先に私の眼に映った。女は私の書いたものをたいてい読んでいるらしかった。それで話は多くそちらの方面へばかり延びて行った。しかし自分の著作について初見《し
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