十五六歳の頃は、漢書や小説などを読んで文学というものを面白く感じ、自分もやって見ようという気がしたので、それを亡《な》くなった兄に話して見ると、兄は文学は職業にゃならない、アッコンプリッシメントに過ぎないものだと云って、寧《むし》ろ私を叱った。然《しか》しよく考えて見るに、自分は何か趣味を持った職業に従事して見たい。それと同時にその仕事が何か世間に必要なものでなければならぬ。何故《なぜ》というのに、困ったことには自分はどうも変物である。当時変物の意義はよく知らなかった。然し変物を以て自《みずか》ら任じていたと見えて、迚《とて》も一々|此方《こちら》から世の中に度を合せて行くことは出来ない。何か己《おのれ》を曲げずして趣味を持った、世の中に欠くべからざる仕事がありそうなものだ。――と、その時分私の眼に映ったのは、今も駿河台《するがだい》に病院を持って居る佐々木博士の養父だとかいう、佐々木東洋という人だ。あの人は誰もよく知って居る変人だが、世間はあの人を必要として居る。而《しか》もあの人は己を曲ぐることなくして立派にやって行く。それから井上達也という眼科の医者が矢張《やはり》駿河台に居たが
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