に分った。しかしその他は全く不得要領で、ほとんど風と話をするごとくに纏《まと》まらない雑音がぼうぼうと鼓膜に響くのみであった。第一かけた当人がわが妻《さい》であるという事さえ覚《さと》らずにこちらからあなたという敬語を何遍か繰返したくらい漠然《ぼんやり》した電話であった。東京の音信《たより》が雨と風と洪水の中に、悩んでいる余の眼に始めて暸然と映ったのは、坐る暇もないほど忙《いそが》しい思いをした妻が、当時の事情をありのままに認《したた》めた巨細《こさい》の手紙がようやく余の手に落ちた時の事であった。余はその手紙を見て自分の病《やまい》を忘れるほど驚いた。
[#ここから2字下げ]
病んで夢む天の川より出水《でみず》かな
[#ここで字下げ終わり]
十一
妻《さい》の手紙は全部の引用を許さぬほど長いものであった。冒頭に東洋城から余の病気の報知を受けた由と、それがため少からず心を悩ましている旨《むね》を記して、看病に行きたいにも汽車が不通で仕方がないから、せめて電話だけでもと思って、その日の中には通じかねるところを、無理な至急報にして貰《もら》って、夜半《やはん》に山田の
前へ
次へ
全144ページ中48ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング