けてくれればいいのにと思った。
 修禅寺の太鼓はこの時にどんと鳴るのである。そうしてことさらに余を待ち遠しがらせるごとく疎《まば》らな間隔を取って、暗い夜をぽつりぽつりと縫い始める。それが五分と経《た》ち七分と経つうちに、しだいに調子づいて、ついに夕立の雨滴《あまだれ》よりも繁《しげ》く逼《せま》って来る変化は、余から云うともう日の出に間もないと云う報知であった。太鼓を打ち切ってしばらくの後《のち》に、看護婦がやっと起きて室《へや》の廊下の所だけ雨戸を開けてくれるのは何よりも嬉しかった。外はいつでも薄暗く見えた。
 修善寺に行って、寺の太鼓を余ほど精密に研究したものはあるまい。その結果として余は今でも時々どんと云う余音《よいん》のないぶっ切ったような響を余の鼓膜の上に錯覚のごとく受ける。そうして一種云うべからざる心持を繰り返している。
[#ここから2字下げ]
夢繞星※[#「さんずい+(廣−广)」、第3水準1−87−13]※[#「沙」の「少」に代えて「玄」、第3水準1−86−62]露幽[#「夢繞星※[#「さんずい+(廣−广)」、第3水準1−87−13]※[#「沙」の「少」に代えて「玄」、
前へ 次へ
全144ページ中125ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング