い時はまるで筮竹を揉《も》む音さえ聞えない夜もあった。易断《えきだん》に重きを置かない余は、固よりこの道において和尚と無縁の姿であったから、ただ折々|襖越《ふすまご》しに、和尚の、そりゃ当人の望み通りにした方が好うがすななどと云う縁談に関する助言《じょごん》を耳に挟《さしは》さむくらいなもので、面と向き合っては互に何も語らずに久しく過ぎた。
ある時何かのついでに、話がつい人相とか方位とか云う和尚の縄張《なわば》り内に摺《ず》り込《こ》んだので、冗談半分|私《わたし》の未来はどうでしょうと聞いて見たら、和尚は眼を据《す》えて余の顔をじっと眺めた後《あと》で、大して悪い事もありませんなと答えた。大して悪い事もないと云うのは、大して好い事もないと云ったも同然で、すなわち御前の運命は平凡だと宣告したようなものである。余は仕方がないから黙っていた。すると和尚が、あなたは親の死目には逢《あ》えませんねと云った。余はそうですかと答えた。すると今度はあなたは西へ西へと行く相があると云った。余はまたそうですかと答えた。最後に和尚は、早く顋《あご》の下へ髯《ひげ》を生やして、地面を買って居宅《うち》を御
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