父の旅先まで汽車に乗って来たのである。
彼らの顔にはこの会見が最後かも知れぬと云う愁《うれい》の表情がまるでなかった。彼らは親子の哀別以上に無邪気な顔をもっていた。そうしていろいろ人のいる中に、三人特別な席に並んで坐らせられて、厳粛な空気にじっと行儀よく取りすます窮屈を、切なく感じているらしく思われた。
余はただ一瞥《いちべつ》の努力に彼らを見ただけであった。そうして病《やまい》を解し得ぬ可憐な小さいものを、わざわざ遠くまで引張り出して、殊勝《しゅしょう》に枕元に坐らせておくのをかえって残酷に思った。妻《さい》を呼んで、せっかく来たものだから、そこいらを見物させてやれと命じた。もしその時の余に、あるいはこれが親子の見納めになるかも知れないと云う懸念《けねん》があったならば、余はもう少ししみじみ彼らの姿を見守ったかも知れなかった。しかし余は医師や傍《はた》のものが余に対して抱いていたような危険を余の病の上に自《みずか》ら感じていなかったのである。
子供はじきに東京へ帰った。一週間ほどしてから、彼らは各々《めいめい》に見舞状を書いて、それを一つ封に入れて、余の宿に届けた。十二になる筆
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