好い点において、幽霊の雛《ひな》のように見えた。そうしてその雛は必要のあるたびに無言のまま必ず動いた。
 余は声も出さなかった。呼びもしなかった。それでも余の寝ている位置に、少しの変化さえあれば彼等はきっと動いた。手を毛布《けっと》のうちで、もじつかせても、心持肩を右から左へ揺《ゆす》っても、頭を――頭は眼が覚《さ》めるたびに必ず麻痺《しび》れていた。あるいは麻痺れるので眼が覚めるのかも知れなかった。――その頭を枕の上で一寸《いっすん》摺《ず》らしても、あるいは足――足はよく寝覚《ねざ》めの種となった。平生《ふだん》の癖で時々、片方《かたかた》を片方の上へ重ねて、そのままとろとろとなると、下になった方の骨が沢庵石《たくわんいし》でも載せられたように、みしみしと痛んで眼が覚めた。そうして余は必ず強い痛さと重たさとを忍んで足の位置を変えなければならなかった。――これらのあらゆる場合に、わが変化に応じて、白い着物の動かない事はけっしてなかった。時にはわが動作を予期して、向うから動くと思われる場合もあった。時には手も足も頭も動かさないのに、眠りが尽きてふと眼を開けさえすれば、白い着物はすぐ顔の傍《そば》へ来た。余には白い着物を着ている女の心持が少しも分らなかった。けれども白い着物を着ている女は余の心を善《よ》く悟った。そうして影の形に随《したが》うごとくに変化した。響の物に応ずるごとくに働らいた。黒い布《ぬの》の目から洩《も》れる薄暗い光の下《もと》に、真白な着物を着た女が、わが肉体の先《せん》を越して、ひそひそと、しかも規則正しく、わが心のままに動くのは恐ろしいものであった。
 余はこの気味の悪い心持を抱いて、眼を開けると共に、ぼんやり眸《ひとみ》に映る室《へや》の天井を眺めた。そうして黒い布で包んだ電気灯の珠《たま》と、その黒い布の織目から洩れてくる光に照らされた白い着物を着た女を見た。見たか見ないうちに白い着物が動いて余に近づいて来た。
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秋風鳴万木[#「秋風鳴万木」に白丸傍点]。 山雨撼高楼[#「山雨撼高楼」に白丸傍点]。
病骨稜如剣[#「病骨稜如剣」に白丸傍点]。 一灯青欲愁[#「一灯青欲愁」に白丸傍点]。
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        二十三

 余は好意の干乾《ひから》びた社会に存在する自分をはなはだぎごちなく感じた。
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