はこのかけ離れた二象面を、どうして同性質のものとして、その関係を迹付《あとづ》ける事ができよう。
人が余に一個の柿を与えて、今日は半分喰え、明日《あす》は残りの半分の半分を喰え、その翌日《あくるひ》はまたその半分の半分を喰え、かくして毎日現に余れるものの半分ずつを喰えと云うならば、余は喰い出してから幾日目《いくかめ》かに、ついにこの命令に背《そむ》いて、残る全部をことごとく喰い尽すか、または半分に割る能力の極度に達したため、手を拱《こまぬ》いて空《むな》しく余《のこ》れる柿の一片《いっぺん》を見つめなければならない時機が来るだろう。もし想像の論理を許すならば、この条件の下《もと》に与えられたる一個の柿は、生涯《しょうがい》喰っても喰い切れる訳がない。希臘《ギリシャ》の昔ゼノが足の疾《と》きアキリスと歩みの鈍《のろ》い亀との間に成立する競争に辞《ことば》を託して、いかなるアキリスもけっして亀に追いつく事はできないと説いたのは取も直さずこの消息である。わが生活の内容を構成《かたちづく》る個々の意識もまたかくのごとくに、日ごとか月ごとに、その半《なかば》ずつを失って、知らぬ間にいつか死に近づくならば、いくら死に近づいても死ねないと云う非事実な論理に愚弄《ぐろう》されるかも知れないが、こう一足飛びに片方から片方に落ち込むような思索上の不調和を免《まぬ》かれて、生から死に行く径路《けいろ》を、何の不思議もなく最も自然に感じ得るだろう。俄然《がぜん》として死し、俄然として吾《われ》に還《かえ》るものは、否、吾に還ったのだと、人から云い聞かさるるものは、ただ寒くなるばかりである。
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縹緲玄黄外[#「縹緲玄黄外」に白丸傍点]。 死生交謝時[#「死生交謝時」に白丸傍点]。 寄託冥然去[#「寄託冥然去」に白丸傍点]。
我心何所之[#「我心何所之」に白丸傍点]。 帰来覓命根[#「帰来覓命根」に白丸傍点]。 杳※[#「穴かんむり/目」、第3水準1−89−50]竟難知[#「杳※[#「穴かんむり/目」、第3水準1−89−50]竟難知」に白丸傍点]。
孤愁空遶夢[#「孤愁空遶夢」に白丸傍点]。 宛動粛瑟悲[#「宛動粛瑟悲」に白丸傍点]。 江山秋已老[#「江山秋已老」に白丸傍点]。
粥薬※[#「髟/丐」、第4水準2−93−21]将衰[#「粥薬※[#「髟/丐」、第4水準2−9
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