ょうがい》に一遍で好いからこんな所に住んで見たいと、傍《そば》にいる友人に語った。友人は余の真面目《まじめ》な顔をしけじけ眺めて、君こんな所に住むと、どのくらい不便なものだか知っているかとさも気の毒そうに云った。この友人は岩手《いわて》のものであった。余はなるほどと始めて自分の迂濶《うかつ》を愧《は》ずると共に、余の風流心に泥を塗った友人の実際的なのを悪んだ。
それは二十四五年も前の事であった。その二十四五年の間に、余もやむをえず岩手出身の友人のようにしだいに実際的になった。崖《がけ》を降りて渓川《たにがわ》へ水を汲《く》みに行くよりも、台所へ水道を引く方が好くなった。けれども南画に似た心持は時々夢を襲った。ことに病気になって仰向《あおむけ》に寝てからは、絶えず美くしい雲と空が胸に描かれた。
すると小宮君が歌麿《うたまろ》の錦絵《にしきえ》を葉書に刷《す》ったのを送ってくれた。余はその色合《いろあい》の長い間に自《おのず》と寂《さ》びたくすみ方に見惚《みと》れて、眼を放さずそれを眺めていたが、ふと裏を返すと、私はこの画の中にあるような人間に生れたいとか何とか、当時の自分の情調とは似ても似つかぬ事が書いてあったので、こんなやにっこい色男《いろおとこ》は大嫌《だいきらい》だ、おれは暖かな秋の色とその色の中から出る自然の香《か》が好きだと答えてくれと傍《はた》のものに頼んだ。ところが今度は小宮君が自身で枕元へ坐《すわ》って、自然も好いが人間の背景にある自然でなくっちゃとか何とか病人に向って古臭い説を吐《は》きかけるので、余は小宮君を捕《つらま》えて御前は青二才《あおにさい》だと罵《ののし》った。――それくらい病中の余は自然を懐《なつ》かしく思っていた。
空が空の底に沈み切ったように澄んだ。高い日が蒼《あお》い所を目の届くかぎり照らした。余はその射返《いかえ》しの大地に洽《あま》ねき内にしんとして独《ひと》り温《ぬく》もった。そうして眼の前に群がる無数の赤蜻蛉《あかとんぼ》を見た。そうして日記に書いた。――「人よりも空、語《ご》よりも黙《もく》。……肩に来て人|懐《なつ》かしや赤蜻蛉《あかとんぼ》」
これは東京へ帰った以後の景色《けしき》である。東京へ帰ったあともしばらくは、絶えず美くしい自然の画が、子供の時と同じように、余を支配していたのである。
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