ている。絹のためだろう。――腰から下は正しい姿勢にある。
 女はやがてもとのとおりに向き直った。目を伏せて二足ばかり三四郎に近づいた時、突然首を少しうしろに引いて、まともに男を見た。二重瞼《ふたえまぶた》の切長《きれなが》のおちついた恰好《かっこう》である。目立って黒い眉毛《まゆげ》の下に生きている。同時にきれいな歯があらわれた。この歯とこの顔色とは三四郎にとって忘るべからざる対照であった。
 きょうは白いものを薄く塗っている。けれども本来の地を隠すほどに無趣味ではなかった。こまやかな肉が、ほどよく色づいて、強い日光《ひ》にめげないように見える上を、きわめて薄く粉《こ》が吹いている。てらてら照《ひか》る顔ではない。
 肉は頬といわず顎といわずきちりと締まっている。骨の上に余ったものはたんとないくらいである。それでいて、顔全体が柔かい。肉が柔かいのではない骨そのものが柔かいように思われる。奥行きの長い感じを起こさせる顔である。
 女は腰をかがめた。三四郎は知らぬ人に礼をされて驚いたというよりも、むしろ礼のしかたの巧みなのに驚いた。腰から上が、風に乗る紙のようにふわりと前に落ちた。しかも早
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