経済上のつごうかもしれない。……
宵《よい》の口ではあるが、場所が場所だけにしんとしている。庭の先で虫の音《ね》がする。ひとりですわっていると、さみしい秋の初めである。その時遠い所でだれか、
「ああああ、もう少しの間だ」
と言う声がした。方角は家の裏手のようにも思えるが、遠いのでしっかりとはわからなかった。また方角を聞き分ける暇もないうちに済んでしまった。けれども三四郎の耳には明らかにこの一句が、すべてに捨てられた人の、すべてから返事を予期しない、真実の独白《ひとりごと》と聞こえた。三四郎は気味が悪くなった。ところへまた汽車が遠くから響いて来た。その音が次第に近づいて孟宗藪の下を通る時には、前の列車よりも倍も高い音を立てて過ぎ去った。座敷の微震がやむまでは茫然《ぼうぜん》としていた三四郎は、石火《せっか》のごとく、さっきの嘆声と今の列車の響きとを、一種の因果《いんが》で結びつけた。そうして、ぎくんと飛び上がった。その因果は恐るべきものである。
三四郎はこの時じっと座に着いていることのきわめて困難なのを発見した。背筋から足の裏までが疑惧《ぎぐ》の刺激でむずむずする。立って便所に行っ
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