歩でかつもっとも軽便だ」
その日の夕方、与次郎は三四郎を拉《らっ》して、四丁目から電車に乗って、新橋へ行って、新橋からまた引き返して、日本橋へ来て、そこで降りて、
「どうだ」と聞いた。
次に大通りから細い横町へ曲がって、平《ひら》の家《や》という看板のある料理屋へ上がって、晩飯を食って酒を飲んだ。そこの下女はみんな京都弁を使う。はなはだ纏綿《てんめん》している。表へ出た与次郎は赤い顔をして、また
「どうだ」と聞いた。
次に本場の寄席《よせ》へ連れて行ってやると言って、また細い横町へはいって、木原店《きはらだな》という寄席を上がった。ここで小《こ》さんという落語家《はなしか》を聞いた。十時過ぎ通りへ出た与次郎は、また
「どうだ」と聞いた。
三四郎は物足りたとは答えなかった。しかしまんざらもの足りない心持ちもしなかった。すると与次郎は大いに小さん論を始めた。
小さんは天才である。あんな芸術家はめったに出るものじゃない。いつでも聞けると思うから安っぽい感じがして、はなはだ気の毒だ。じつは彼と時を同じゅうして生きている我々はたいへんなしあわせである。今から少しまえに生まれても小さんは
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