あったから、三四郎はおもしろがって聞いていると、しまいにはドイツの哲学者の名がたくさん出てきてはなはだ解《げ》しにくくなった。机の上を見ると、落第という字がみごとに彫ってある。よほど暇に任せて仕上げたものとみえて、堅い樫《かし》の板をきれいに切り込んだてぎわは素人《しろうと》とは思われない。深刻のできである。隣の男は感心に根気よく筆記をつづけている。のぞいて見ると筆記ではない。遠くから先生の似顔をポンチにかいていたのである。三四郎がのぞくやいなや隣の男はノートを三四郎の方に出して見せた。絵はうまくできているが、そばに久方《ひさかた》の雲井《くもい》の空の子規《ほととぎす》と書いてあるのは、なんのことだか判じかねた。
講義が終ってから、三四郎はなんとなく疲労したような気味で、二階の窓から頬杖《ほおづえ》を突いて、正門内の庭を見おろしていた。ただ大きな松や桜を植えてそのあいだに砂利《じゃり》を敷いた広い道をつけたばかりであるが、手を入れすぎていないだけに、見ていて心持ちがいい。野々宮君の話によるとここは昔はこうきれいではなかった。野々宮君の先生のなんとかいう人が、学生の時分馬に乗って、こ
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