ほうがあとから行く。はなやかな色のなかに、白い薄《すすき》を染め抜いた帯が見える。頭にもまっ白な薔薇《ばら》を一つさしている。その薔薇が椎の木陰《こかげ》の下の、黒い髪のなかできわだって光っていた。
 三四郎はぼんやりしていた。やがて、小さな声で「矛盾《むじゅん》だ」と言った。大学の空気とあの女が矛盾なのだか、あの色彩とあの目つきが矛盾なのだか、あの女を見て汽車の女を思い出したのが矛盾なのだか、それとも未来に対する自分の方針が二道に矛盾しているのか、または非常にうれしいものに対して恐れをいだくところが矛盾しているのか、――このいなか出の青年には、すべてわからなかった。ただなんだか矛盾であった。
 三四郎は女の落として行った花を拾った。そうしてかいでみた。けれどもべつだんのにおいもなかった。三四郎はこの花を池の中へ投げ込んだ。花は浮いている。すると突然向こうで自分の名を呼んだ者がある。
 三四郎は花から目を放した。見ると野々宮君が石橋の向こうに長く立っている。
「君まだいたんですか」と言う。三四郎は答をするまえに、立ってのそのそ歩いて行った。石橋の上まで来て、
「ええ」と言った。なんとな
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