搗zができてしまったのが、歌麿《うたまろ》になったり、祐信《すけのぶ》になったりして珍重がられている。しかしいくら日本的でも、西洋画には、ああ細いのは盲目《めくら》をかいたようでみっともなくっていけない。といって、ラファエルの聖母《マドンナ》のようなのは、てんでありゃしないし、あったところが日本人とは言われないから、そこで里見さんを煩わすことになったのさ。里見さんもう少しですよ」
答はなかった。美禰子はじっとしている。
三四郎はこの画家の話をはなはだおもしろく感じた。とくに話だけ聞きに来たのならばなお幾倍の興味を添えたろうにと思った。三四郎の注意の焦点は、今、原口さんの話のうえにもない、原口さんの絵のうえにもない。むろん向こうに立っている美禰子に集まっている。三四郎は画家の話に耳を傾けながら、目だけはついに美禰子を離れなかった。彼の目に映じた女の姿勢は、自然の経過を、もっとも美しい刹那《せつな》に、捕虜《とりこ》にして動けなくしたようである。変らないところに、長い慰謝がある。しかるに原口さんが突然首をひねって、女にどうかしましたかと聞いた。その時三四郎は、少し恐ろしくなったくらいで
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