はあ、はあと言って聞いている。その様子がいくぶんか汽車の中で水蜜桃《すいみつとう》を食った男に似ている。ひととおり口上《こうじょう》を述べた三四郎はもう何も言う事がなくなってしまった。野々宮君もはあ、はあ言わなくなった。
部屋の中を見回すとまん中に大きな長い樫《かし》のテーブルが置いてある。その上にはなんだかこみいった、太い針金だらけの器械が乗っかって、そのわきに大きなガラスの鉢《はち》に水が入れてある。そのほかにやすりとナイフと襟《えり》飾りが一つ落ちている。最後に向こうのすみを見ると、三尺ぐらいの花崗石《みかげいし》の台の上に、福神漬《ふくじんづけ》の缶《かん》ほどな複雑な器械が乗せてある。三四郎はこの缶の横っ腹にあいている二つの穴に目をつけた。穴が蟒蛇《うわばみ》の目玉のように光っている。野々宮君は笑いながら光るでしょうと言った。そうして、こういう説明をしてくれた。
「昼間のうちに、あんな準備《したく》をしておいて、夜になって、交通その他の活動が鈍くなるころに、この静かな暗い穴倉で、望遠鏡の中から、あの目玉のようなものをのぞくのです。そうして光線の圧力を試験する。今年の正月ごろ
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