どきたない所はないように言う。それで石の門を見ると恐れをなして、いかんいかんとか、りっぱすぎるとか言うだろう」
「じゃ細君も試みに持ってみたらよかろう」
「大いによしとかなんとか言うかもしれない」
「先生は東京がきたないとか、日本人が醜いとか言うが、洋行でもしたことがあるのか」
「なにするもんか。ああいう人なんだ。万事頭のほうが事実より発達しているんだからああなるんだね。その代り西洋は写真で研究している。パリの凱旋門《がいせんもん》だの、ロンドンの議事堂だの、たくさん持っている。あの写真で日本を律するんだからたまらない。きたないわけさ。それで自分の住んでる所は、いくらきたなくっても存外平気だから不思議だ」
「三等汽車へ乗っておったぞ」
「きたないきたないって不平を言やしないか」
「いやべつに不平も言わなかった」
「しかし先生は哲学者だね」
「学校で哲学でも教えているのか」
「いや学校じゃ英語だけしか受け持っていないがね、あの人間が、おのずから哲学にできあがっているからおもしろい」
「著述でもあるのか」
「何もない。時々論文を書く事はあるが、ちっとも反響がない。あれじゃだめだ。まるで世間
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