ウ知した。よし子を見舞いに来るようにしてやるから、じかに聞いてみろという。うまい事を考えた。
「だから、薬を飲んで、待っていなくってはいけない」
「病気が直っても、寝て待っている」
 二人は笑って別れた。帰りがけに与次郎が、近所の医者に来てもらう手続きをした。
 晩になって、医者が来た。三四郎は自分で医者を迎えた覚えがないんだから、はじめは少し狼狽《ろうばい》した。そのうち脈を取られたのでようやく気がついた。年の若い丁寧な男である。三四郎は代診と鑑定した。五分ののち病症はインフルエンザときまった。今夜|頓服《とんぷく》を飲んで、なるべく風にあたらないようにしろという注意である。
 翌日目がさめると、頭がだいぶ軽くなっている。寝ていれば、ほとんど常体に近い。ただ枕を離れると、ふらふらする。下女が来て、だいぶ部屋の中が熱臭いと言った。三四郎は飯も食わずに、仰向けに天井をながめていた。時々うとうと眠くなる。明らかに熱と疲れとにとらわれたありさまである。三四郎は、とらわれたまま、逆らわずに、寝たりさめたりするあいだに、自然に従う一種の快感を得た。病症が軽いからだと思った。
 四時間、五時間とたつうちに、そろそろ退屈を感じだした。しきりに寝返りを打つ。外はいい天気である。障子にあたる日が、次第に影を移してゆく。雀《すずめ》が鳴く。三四郎はきょうも与次郎が遊びに来てくれればいいと思った。
 ところへ下女が障子をあけて、女のお客様だと言う。よし子が、そう早く来ようとは待ち設けなかった。与次郎だけに敏捷《びんしょう》な働きをした。寝たまま、あけ放しの入口に目をつけていると、やがて高い姿が敷居の上へ現われた。きょうは紫の袴《はかま》をはいている。足は両方とも廊下にある。ちょっとはいるのを躊躇《ちゅうちょ》した様子が見える。三四郎は肩を床から上げて、「いらっしゃい」と言った。
 よし子は障子をたてて、枕元《まくらもと》へすわった。六畳の座敷が、取り乱してあるうえに、けさは掃除《そうじ》をしないから、なお狭苦しい。女は、三四郎に、
「寝ていらっしゃい」と言った。三四郎はまた頭を枕へつけた。自分だけは穏やかである。
「臭くはないですか」と聞いた。
「ええ、少し」と言ったが、べつだん臭い顔もしなかった。「熱がおありなの。なんなんでしょう、御病気は。お医者はいらしって」
「医者はゆうべ来ました。インフルエンザだそうです」
「けさ早く佐々木さんがおいでになって、小川が病気だから見舞いに行ってやってください。何病だかわからないが、なんでも軽くはないようだっておっしゃるものだから、私も美禰子さんもびっくりしたの」
 与次郎がまた少しほらを吹いた。悪く言えば、よし子を釣り出したようなものである。三四郎は人がいいから、気の毒でならない。「どうもありがとう」と言って寝ている。よし子は風呂敷包《ふろしきづつ》みの中から、蜜柑《みかん》の籠《かご》を出した。
「美禰子さんの御注意があったから買ってきました」と正直な事を言う。どっちのお見舞《みやげ》だかわからない。三四郎はよし子に対して礼を述べておいた。
「美禰子さんもあがるはずですが、このごろ少し忙しいものですから――どうぞよろしくって……」
「何か特別に忙しいことができたのですか」
「ええ。できたの」と言った。大きな黒い目が、枕についた三四郎の顔の上に落ちている。三四郎は下から、よし子の青白い額を見上げた。はじめてこの女に病院で会った昔を思い出した。今でもものうげに見える。同時に快活である。頼りになるべきすべての慰謝を三四郎の枕の上にもたらしてきた。
「蜜柑をむいてあげましょうか」
 女は青い葉の間から、果物《くだもの》を取り出した。渇《かわ》いた人は、香《か》にほとばしる甘い露を、したたかに飲んだ。
「おいしいでしょう。美禰子さんのお見舞《みやげ》よ」
「もうたくさん」
 女は袂《たもと》から白いハンケチを出して手をふいた。
「野々宮さん、あなたの御縁談はどうなりました」
「あれぎりです」
「美禰子さんにも縁談の口があるそうじゃありませんか」
「ええ、もうまとまりました」
「だれですか、さきは」
「私をもらうと言ったかたなの。ほほほおかしいでしょう。美禰子さんのお兄《あに》いさんのお友だちよ。私近いうちにまた兄といっしょに家を持ちますの。美禰子さんが行ってしまうと、もうご厄介《やっかい》になってるわけにゆかないから」
「あなたはお嫁には行かないんですか」
「行きたい所がありさえすれば行きますわ」
 女はこう言い捨てて心持ちよく笑った。まだ行きたい所がないにきまっている。
 三四郎はその日から四日《よっか》ほど床を離れなかった。五日目《いつかめ》にこわごわながら湯にはいって、鏡を見た。亡者《もうじゃ》の相がある。思い
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