、ただ一つ困難なのは、どうして浩さんの事を言い出したものか、その方法である。無論デリケートな問題であるから滅多《めった》に聞けるものではない。と云って聞かなければ何だか物足らない。余一人から云えばすでに学問上の好奇心を満足せしめたる今日《こんにち》、これ以上立ち入ってくだらぬ詮議《せんぎ》をする必要を認めておらん。けれども御母《おっか》さんは女だけに底まで知りたいのである。日本は西洋と違って男女の交際が発達しておらんから、独身の余と未婚のこの妹と対座して話す機会はとてもない。よし有ったとしたところで、むやみに切り出せばいたずらに処女を赤面させるか、あるいは知りませぬと跳《は》ねつけられるまでの事である。と云って兄のいる前ではなおさら言いにくい。言いにくいと申すより言うを敢《あえ》てすべからざる事かも知れない。墓参り事件を博士が知っているならばだけれど、もし知らんとすれば、余は好んで人の秘事を暴露《ばくろ》する不作法を働いた事になる。こうなるといくら遺伝学を振り廻しても埓《らち》はあかん。自《みずか》ら才子だと飛び廻って得意がった余も茲《ここ》に至って大《おおい》に進退に窮した。とどのつ
前へ
次へ
全92ページ中90ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング