、わしと終夜激論をしたくらいな間柄じゃが、せがれは五六歳のときに見たぎりで――実は貢五郎が早く死んだものだから、屋敷へ出入《でいり》する機会もそれぎり絶えてしもうて、――その後《ご》は頓《とん》と逢《お》うた事がありません」
 そうだろう、そう来なくっては辻褄《つじつま》が合わん。第一余の理論の証明に関係してくる。先《ま》ずこれなら安心。御蔭様でと挨拶《あいさつ》をして帰りかけると、老人はこんな妙な客は生れて始めてだとでも思ったものか、余を送り出して玄関に立ったまま、余が門を出て振り返るまで見送っていた。
 これからの話は端折《はしょ》って簡略に述べる。余は前にも断わった通り文士ではない。文士ならこれからが大《おおい》に腕前を見せるところだが、余は学問読書を専一にする身分だから、こんな小説めいた事を長々しくかいているひまがない。新橋で軍隊の歓迎を見て、その感慨から浩さんの事を追想して、それから寂光院の不思議な現象に逢ってその現象が学問上から考えて相当の説明がつくと云う道行きが読者の心に合点《がてん》出来ればこの一篇の主意は済んだのである。実は書き出す時は、あまりの嬉しさに勢い込んで出来
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