献《こうけん》的事業になる。こう態度が変化すると、精神が急に爽快《そうかい》になる。今までは犬だか、探偵だかよほど下等なものに零落したような感じで、それがため脳中不愉快の度をだいぶ高めていたが、この仮定から出立すれば正々堂々たる者だ。学問上の研究の領分に属すべき事柄である。少しも疚《や》ましい事はないと思い返した。どんな事でも思い返すと相当のジャスチフィケーションはある者だ。悪るかったと気がついたら黙坐して思い返すに限る。
あくる日学校で和歌山県出の同僚某に向って、君の国に老人で藩の歴史に詳しい人はいないかと尋ねたら、この同僚首をひねってあるさと云う。因《よ》ってその人物を承《うけたま》わると、もとは家老《かろう》だったが今では家令《かれい》と改名して依然として生きていると何だか妙な事を答える。家令ならなお都合がいい、平常《ふだん》藩邸に出入《しゅつにゅう》する人物の姓名職業は無論承知しているに違ない。
「その老人は色々昔の事を記憶しているだろうな」
「うん何でも知っている。維新の時なぞはだいぶ働いたそうだ。槍《やり》の名人でね」
槍などは下手《へた》でも構わん。昔《むか》し藩中に
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