人ですらくるくらいなら帝国臣民たる吾輩《わがはい》は無論歓迎しなくてはならん、万歳の一つくらいは義務にも申して行こうとようやくの事で行列の中へ割り込んだ。
「あなたも御親戚を御迎いに御出《おいで》になったので……」
「ええ。どうも気が急《せ》くものですから、つい昼飯を食わずに来て、……もう二時間半ばかり待ちます」と腹は減ってもなかなか元気である。ところへ三十前後の婦人が来て
「凱旋の兵士はみんな、ここを通りましょうか」と心配そうに聞く。大切の人を見はぐっては一大事ですと云わぬばかりの決心を示している。腹の減った男はすぐ引き受けて
「ええ、みんな通るんです、一人残らず通るんだから、二時間でも三時間でもここにさえ立っていれば間違いっこありません」と答えたのはなかなか自信家と見える。しかし昼飯も食わずに待っていろとまでは云わなかった。
汽車の笛《ふえ》の音を形容して喘息《ぜんそく》病《や》みの鯨《くじら》のようだと云った仏蘭西《フランス》の小説家があるが、なるほど旨《うま》い言葉だと思う間もなく、長蛇のごとく蜿蜒《のた》くって来た列車は、五百人余の健児を一度にプラットフォームの上に吐き出し
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