がるつもりでいたところをお迎えで――と言ったまま、そこへすわって、自分の顔を正視した。この時はたから二人《ふたり》の様子を虚心に観察したら、重吉のほうが自分よりはるかに無邪気に見えたに違いない。自分は黙っていた。彼は白足袋《しろたび》に角帯で単衣《ひとえ》の下から鼠色《ねずみいろ》の羽二重《はぶたえ》を掛けた襦袢《じゅばん》の襟《えり》を出していた。
 「今日《きょう》はだいぶしゃれてるじゃないか」
 「昨夕《ゆうべ》もこの服装《なり》ですよ。夜だからわからなかったんでしょう」
 自分はまた黙った。それからまたこんな会話を二、三度取りかわしたが、いつでもそのあいだに妙な穴ができた。自分はこの穴を故意にこしらえているような感じがした。けれども重吉にはそんなわだかまりがないから、いくら口数を減らしてもその態度がおのずから天然であった。しまいに自分はまじめになって、こう言った。
 「実は昨夕もあんなに話した、あのことだがね。どうだ、いっそのこときっぱり断わってしまっちゃ」
 重吉はちょっと腑《ふ》に落ちないという顔つきをしたが、それでもいつものようなおっとりした調子で、なぜですかと聞き返した
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