》りのお客様にはお気の毒でございますが、佐野さんのいらしったお座敷なら、どうかいたしましょうと答えた。その口ぶりから察すると、なんでもよほどきたない所らしいので、また少し躊躇《ちゅうちょ》しかけたが、もとよりこの地へ来て体裁を顧みる必要もない身だから、一晩や二晩はどんなへやで明かしたってかまわないという気になって、このあいだまで重吉のいたというそのへやへ案内してもらった。
 へやは第一の廊下を右へ折れて、そこの縁側から庭下駄《にわげた》をはいて、二足三足たたきの上を渡らなければはいれない代わりにどことも続いていないところが、まるで一軒立ちの観を与えた。天井の低いのや柱の細いのが、さも茶がかった空気を作るとともに、いかにも湿っぽい陰気な感じがした。そうして畳といわず襖《ふすま》といわずはなはだしく古びていた。向こうの藤棚《ふじだな》の陰に見える少し出張《でば》った新築の中二階などとくらべると、まるで比較にならないほど趣が違っていた。
 「こんな所にはいっていたのか」と思いながら、自分は茶をのんでしばらく座敷を見回していたが、やがて硯《すずり》を借りて、重吉の所へやる手紙を書いた。ただ簡単
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