方へ進んで行くとその個性がますます発展して行くからでしょう。ああここにおれの安住の地位があったと、あなた方の仕事とあなたがたの個性が、しっくり合った時に、始めて云い得るのでしょう。
 これと同じような意味で、今申し上げた権力というものを吟味《ぎんみ》してみると、権力とは先刻《さっき》お話した自分の個性を他人の頭の上に無理矢理に圧《お》しつける道具なのです。道具だと断然云い切ってわるければ、そんな道具に使い得る利器なのです。
 権力に次ぐものは金力です。これもあなたがたは貧民よりも余計に所有しておられるに相違ない。この金力を同じくそうした意味から眺めると、これは個性を拡張するために、他人の上に誘惑《ゆうわく》の道具として使用し得る至極重宝なものになるのです。
 してみると権力と金力とは自分の個性を貧乏人《びんぼうにん》より余計に、他人の上に押し被《かぶ》せるとか、または他人をその方面に誘《おび》き寄せるとかいう点において、大変|便宜《べんぎ》な道具だと云わなければなりません。こういう力があるから、偉いようでいて、その実非常に危険なのです。先刻申した個性はおもに学問とか文芸とか趣味《しゅみ
前へ 次へ
全53ページ中31ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング