立派に始末をつけようという気になりました。すなわち外国へ行った時よりも帰って来た時の方が、偶然《ぐうぜん》ながらある力を得た事になるのです。
 ところが帰るや否や私は衣食のために奔走《ほんそう》する義務がさっそく起りました。私は高等学校へも出ました。大学へも出ました。後では金が足りないので、私立学校も一|軒《けん》稼《かせ》ぎました。その上私は神経衰弱《しんけいすいじゃく》に罹りました。最後に下らない創作などを雑誌に載《の》せなければならない仕儀《しぎ》に陥《おちい》りました。いろいろの事情で、私は私の企《くわだ》てた事業を半途《はんと》で中止してしまいました。私の著《あら》わした文学論はその記念というよりもむしろ失敗の亡骸《なきがら》です。しかも畸形児《きけいじ》の亡骸です。あるいは立派に建設されないうちに地震《じしん》で倒《たお》された未成市街の廃墟《はいきょ》のようなものです。
 しかしながら自己本位というその時得た私の考は依然としてつづいています。否年を経るに従ってだんだん強くなります。著作的事業としては、失敗に終りましたけれども、その時確かに握った自己が主で、他は賓《ひん》で
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