もないという事になるのです。それをもう一|遍《ぺん》云い換《か》えると、この三者を自由に享《う》け楽しむためには、その三つのものの背後にあるべき人格の支配を受ける必要が起って来るというのです。もし人格のないものがむやみに個性を発展しようとすると、他《ひと》を妨害する、権力を用いようとすると、濫用《らんよう》に流れる、金力を使おうとすれば、社会の腐敗をもたらす。ずいぶん危険な現象を呈《てい》するに至るのです。そうしてこの三つのものは、あなたがたが将来において最も接近しやすいものであるから、あなたがたはどうしても人格のある立派な人間になっておかなくてはいけないだろうと思います。
話が少し横へそれますが、ご存じの通り英吉利《イギリス》という国は大変自由を尊ぶ国であります。それほど自由を愛する国でありながら、また英吉利ほど秩序の調った国はありません。実をいうと私は英吉利を好かないのです。嫌《きら》いではあるが事実だから仕方なしに申し上げます。あれほど自由でそうしてあれほど秩序の行き届いた国は恐らく世界中にないでしょう。日本などはとうてい比較《ひかく》にもなりません。しかし彼らはただ自由なのではありません。自分の自由を愛するとともに他の自由を尊敬するように、小供の時分から社会的教育をちゃんと受けているのです。だから彼らの自由の背後にはきっと義務という観念が伴っています。 England expects every man to do his duty といった有名なネルソンの言葉はけっして当座限りの意味のものではないのです。彼らの自由と表裏して発達して来た深い根柢《こんてい》をもった思想に違《ちがい》ないのです。
彼らは不平があるとよく示威運動をやります。しかし政府はけっして干渉《かんしょう》がましい事をしません。黙って放っておくのです。その代り示威運動をやる方でもちゃんと心得ていて、むやみに政府の迷惑《めいわく》になるような乱暴は働かないのです。近頃女権拡張論者と云ったようなものがむやみに狼藉《ろうぜき》をするように新聞などに見えていますが、あれはまあ例外です。例外にしては数が多過ぎると云われればそれまでですが、どうも例外と見るよりほかに仕方がないようです。嫁《よめ》に行かれないとか、職業が見つからないとか、または昔しから養成された、女を尊敬するという気風につけ込むのか
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