顔をした。自分も彼女の云うところが本当だと思った。それで三沢の事は忘れて、ただ綺羅《きら》を着飾った流行の芸者と、恐ろしい病気に罹《かか》った憐《あわれ》な若い女とを、黙って心のうちに対照した。
「あの女」は器量と芸を売る御蔭《おかげ》で、何とかいう芸者屋の娘分になって家《うち》のものから大事がられていた。それを売る事ができなくなった今でも、やはり今まで通り宅《うち》のものから大事がられるだろうか。もし彼らの待遇が、あの女の病気と共にだんだん軽薄に変って行くなら、毒悪《どくあく》な病と苦戦するあの女の心はどのくらい心細いだろう。どうせ芸妓屋《げいしゃや》の娘分になるくらいだから、生みの親は身分のあるものでないにきまっている。経済上の余裕がなければ、どう心配したって役には立つまい。
 自分はこんな事も考えた。便所から帰った三沢に「あの女の本当の親はあるのか知ってるか」と尋ねて見た。

        二十四

「あの女」の本当の母というのを、三沢はたった一遍見た事があると語った。
「それもほんの後姿《うしろすがた》だけさ」と彼はわざわざ断《ことわ》った。
 その母というのは自分の想像|通
前へ 次へ
全520ページ中69ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング