でどころ》をみんな彼の看護婦に帰して、ことごとく彼女から聞いたように説明した。けれども自分は少しそこに疑わしい点を認めないでもなかった。自分は三沢が便所へ行った留守に、看護婦を捕《つら》まえて、「三沢はああ云ってるが、僕のいないとき、あの女の室へ行って話でもするんじゃないか」と聞いて見た。看護婦は真面目《まじめ》な顔をして「そんな事ありゃしまへん」というような言葉で、一口に自分の疑いを否定した。彼女はそれからそういうお客が見舞に行ったところで、身上話などができるはずがないと弁解した。そうして「あの女」の病気がだんだん険悪の一方へ落ち込んで行く心細い例を話して聞かせた。
「あの女」は嘔気《はきけ》が止まないので、上から営養の取りようがなくなって、昨日《きのう》とうとう滋養浣腸《じようかんちょう》を試みた。しかしその結果は思わしくなかった。少量の牛乳と鶏卵《たまご》を混和した単純な液体ですら、衰弱を極《きわ》めたあの女の腸には荷が重過ぎると見えて予期通り吸収されなかった。
 看護婦はこれだけ語って、このくらい重い病人の室へ入って、誰が悠々《ゆうゆう》と身上話などを聞いていられるものかという
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