や否や急に消えたように静かになった。
「君はあの女を見舞ってやったのか」と自分は三沢に聞いた。
「いいや」と彼は答えた。「しかし見舞ってやる以上の心配をしてやっている」
「じゃ向うでもまだ知らないんだね。君のここにいる事は」
「知らないはずだ、看護婦でも云わない以上は。あの女の入院するとき僕はあの女の顔を見てはっと思ったが、向うでは僕の方を見なかったから、多分知るまい」
 三沢は病院の二階に「あの女」の馴染客《なじみきゃく》があって、それが「お前胃のため、わしゃ腸のため、共に苦しむ酒のため」という都々逸《どどいつ》を紙片《かみぎれ》へ書いて、あの女の所へ届けた上、出院のとき袴《はかま》羽織《はおり》でわざわざ見舞に来た話をして、何という馬鹿だという顔つきをした。
「静かにして、刺戟《しげき》のないようにしてやらなくっちゃいけない。室でもそっと入って、そっと出てやるのが当り前だ」と彼は云った。
「ずいぶん静じゃないか」と自分は云った。
「病人が口を利《き》くのを厭《いや》がるからさ。悪い証拠《しょうこ》だ」と彼がまた云った。

        二十三

 三沢は「あの女」の事を自分の予想
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