の病気に対しては責任があるんだから……」

        二十一

 大阪へ着くとそのまま、友達といっしょに飲みに行ったどこかの茶屋で、三沢は「あの女」に会ったのである。
 三沢はその時すでに暑さのために胃に変調を感じていた。彼を強《し》いた五六人の友達は、久しぶりだからという口実のもとに、彼を酔わせる事を御馳走《ごちそう》のように振舞《ふるま》った。三沢も宿命に従う柔順な人として、いくらでも盃《さかずき》を重ねた。それでも胸の下の所には絶えず不安な自覚があった。ある時は変な顔をして苦しそうに生唾《なまつばき》を呑《の》み込んだ。ちょうど彼の前に坐っていた「あの女」は、大阪言葉で彼に薬をやろうかと聞いた。彼はジェムか何かを五六粒手の平《ひら》へ載《の》せて口のなかへ投げ込んだ。すると入物を受取った女も同じように白い掌《てのひら》の上に小さな粒を並べて口へ入れた。
 三沢は先刻《さっき》から女の倦怠《だる》そうな立居に気をつけていたので、御前もどこか悪いのかと聞いた。女は淋《さび》しそうな笑いを見せて、暑いせいか食慾がちっとも進まないので困っていると答えた。ことにこの一週間は御飯が厭《
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