》いたら、精神上よりも物質的に心細かろうと自分は懸念《けねん》した。
「君に才覚ができるのかい」と三沢は聞いた。
「別に目的《あて》もないが」と自分は答えた。
「例の男はどうだい」と三沢が云った。
「岡田か」と自分は少し考え込んだ。
 三沢は急に笑い出した。
「何いざとなればどうかなるよ。君に算段して貰わなくっても。金はあるにはあるんだから」と云った。

        十八

 金の事はついそれなりになった。自分は岡田へ金を借りに行く時の思いを想像すると実際|厭《いや》だった。病気に罹《かか》った友達のためだと考えても、少しも進む気はしなかった。その代りこの地を立つとも立たないとも決心し得ないでぐずぐずした。
 岡田からの電話はかかって来た時|大《おおい》に自分の好奇心を動揺させたので、わざわざ彼に会って真相を聞き糺《ただ》そうかと思ったけれども、一晩|経《た》つとそれも面倒になって、ついそのままにしておいた。
 自分は依然として病院の門を潜《くぐ》ったり出たりした。朝九時頃玄関にかかると、廊下も控所も外来の患者でいっぱいに埋《うま》っている事があった。そんな時には世間にもこれほど病
前へ 次へ
全520ページ中52ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング