いと驚かせる事が出て来るかも知れませんよ」と妙な事を仄《ほの》めかした。自分は全く想像がつかないので、全体どんな話なんですかと二三度聞き返したが、岡田は笑いながら、「もう少しすれば解ります」というぎりなので、自分もとうとうその意味を聞かないで、三沢の室《へや》へ帰って来た。
「また例の男かい」と三沢が云った。
自分は今の岡田の電話が気になって、すぐ大阪を立つ話を持ち出す心持になれなかった。すると思いがけない三沢の方から「君もう大阪は厭《いや》になったろう。僕のためにいて貰う必要はないから、どこかへ行くなら遠慮なく行ってくれ」と云い出した。彼はたとい病院を出る場合が来ても、むやみな山登りなどは当分慎まなければならないと覚《さと》ったと説明して聞かせた。
「それじゃ僕の都合の好いようにしよう」
自分はこう答えてしばらく黙っていた。看護婦は無言のまま室の外に出て行った。自分はその草履《ぞうり》の音の消えるのを聞いていた。それから小さい声をして三沢に、「金はあるか」と尋ねた。彼は己《おの》れの病気をまだ己れの家に知らせないでいる。それにたった一人の知人たる自分が、彼の傍《そば》を立ち退《の
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