ぐん押して歩いた。雑巾をゆすがないので、せっかく拭いた所がかえって白く汚れた。軽い患者はみな洗面所へ出て顔を洗った。看護婦の払塵《はたき》の声がここかしこで聞こえた。自分は枕《まくら》を借りて、三沢の隣の空室《あきべや》へ、昨夕《ゆうべ》の睡眠不足を補いに入った。
その室《へや》も朝日の強く当る向《むき》にあるので、一寝入するとすぐ眼が覚《さ》めた。額や鼻の頭に汗と油が一面に浮き出しているのも不愉快だった。自分はその時岡田から電話口へ呼ばれた。岡田が病院へ電話をかけたのはこれで三度目である。彼はきまりきって、「御病人の御様子はどうです」と聞く。「二三日|中《うち》是非伺います」という。「何でも御用があるなら御遠慮なく」という。最後にきっとお兼さんの事を一口二口つけ加えて、「お兼からもよろしく」とか、「是非お遊びにいらっしゃるように妻《さい》も申しております」とか、「うちの方が忙がしいんで、つい御無沙汰《ごぶさた》をしています」とか云う。
その日も岡田の話はいつもの通りであった。けれども一番しまいに、「今から一週間内……と断定する訳には行かないが、とにかくもう少しすると、あなたをちょ
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