能のそれのように、三方の見所からは全く切り離されていた。そうしてその途切《とぎ》れた四五尺の空間からは日も射し風も通うようにできていた。
 自分が物珍らしそうにこの様子を見ているうちに、観客《けんぶつ》は一人二人と絶えず集まって来た。その中には自分がある音楽会で顔だけ覚えたNという侯爵もいた。「今日は教育会があるので来られない」と細君の事か何かを、傍《そば》にいた坊主頭の丸々と肥えた小さい人に話していた。この丸い小さな人がKという公爵である事を、自分は後《あと》で三沢から教《おす》わった。
 その三沢は舞楽の始まるやっと五六分前にフロックコートでやって来て、入口の金屏風の所でしばらく観覧席を見渡しながら躊躇《ちゅうちょ》していたが、自分の顔を見つけるや否や、すぐ傍へ来て腰をかけた。
 彼と前後して一人の背の高い若い男が、年頃の女を二人連れて、やはり正面席へ這入《はい》って来た。男はフロックコートを着ていた。女は無論紋付であった。その男と伴《つれ》の女の一人が顔立から云ってよく似ているので、自分はすぐ彼らの兄妹である事を覚《さと》った。彼らは人の頭を五六列越して、三沢と挨拶《あいさつ》を
前へ 次へ
全520ページ中413ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング