の方の関係があるかないか、そこは僕にも解らないが、何しろ思想の上で動揺して落ちつかないで弱っている事はたしかなようです」
Hさんはしまいにこう云った。彼はその上に兄の神経衰弱も肯《うけ》がった。しかしそれは兄の隠している事でも何でもなかった。兄はHさんに会うたんびに、ほとんどきまり文句のように、それを訴えてやまなかったそうである。
「だからこの際旅行は至極《しごく》好いでしょうよ。そう云う訳なら一つ勧めて見ましょう。しかしうんと云ってすぐ承知するかね。なかなか動かない人だから、ことによるとむずかしいね」
Hさんの言葉には自信がなかった。
「あなたのおっしゃる事なら素直《すなお》に聞くだろうと思うんですが」
「そうも行かんさ」
Hさんは苦笑していた。
表へ出た時はかれこれ十時に近かった。それでも閑静な屋敷町にちらほら人の影が見えた。それが皆《みん》なそぞろ歩きでもするように、長閑《のど》かに履物《はきもの》の音を響かして行った。空には星の光が鈍《にぶ》かった。あたかも眠たい眼をしばたたいているような鈍さであった。自分は不透明な何物かに包まれた気分を抱いた。そうして薄明るい往来を三
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