とこ》の間《ま》にかけてある軸物《じくもの》も反《そ》っくり返っていた。
「なに日が射すためじゃない。年《ねん》が年中《ねんじゅう》かけ通しだから、糊《のり》の具合でああなるんです」と岡田は真面目《まじめ》に弁解した。
「なるほど梅《うめ》に鶯《うぐいす》だ」と自分も云いたくなった。彼は世帯を持つ時の用意に、この幅《ふく》を自分の父から貰《もら》って、大得意で自分の室《へや》へ持って来て見せたのである。その時自分は「岡田君この呉春《ごしゅん》は偽物《ぎぶつ》だよ。それだからあの親父《おやじ》が君にくれたんだ」と云って調戯《からかい》半分岡田を怒らした事を覚えていた。
 二人は懸物《かけもの》を見て、当時を思い出しながら子供らしく笑った。岡田はいつまでも窓に腰をかけて話を続ける風に見えた。自分も襯衣《シャツ》に洋袴《ズボン》だけになってそこに寝転《ねころ》びながら相手になった。そうして彼から天下茶屋《てんがちゃや》の形勢だの、将来の発展だの、電車の便利だのを聞かされた。自分は自分にそれほど興味のない問題を、ただ素直にはいはいと聴《き》いていたが、電車の通じる所へわざわざ俥《くるま》へ乗っ
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