く酒精《アルコール》に染められた彼《かれ》の四角な顔も見る機会を奪われていた。自分は俥《くるま》の上で指を折って勘定して見た。岡田がいなくなったのは、ついこの間のようでも、もう五六年になる。彼の気にしていた頭も、この頃ではだいぶ危険に逼《せま》っているだろうと思って、その地《じ》の透《す》いて見えるところを想像したりなどした。
岡田の髪の毛は想像した通り薄くなっていたが、住居《すまい》は思ったよりもさっぱりした新しい普請《ふしん》であった。
「どうも上方流《かみがたりゅう》で余計な所に高塀《たかべい》なんか築き上《あげ》て、陰気《いんき》で困っちまいます。そのかわり二階はあります。ちょっと上《あが》って御覧なさい」と彼は云った。自分は何より先に友達の事が気になるので、こうこういう人からまだ何とも通知は来ないかと聞いた。岡田は不思議そうな顔をして、いいえと答えた。
二
自分は岡田に連れられて二階へ上《あが》って見た。当人が自慢するほどあって眺望《ちょうぼう》はかなり好かったが、縁側《えんがわ》のない座敷の窓へ日が遠慮なく照り返すので、暑さは一通りではなかった。床《
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