く酒精《アルコール》に染められた彼《かれ》の四角な顔も見る機会を奪われていた。自分は俥《くるま》の上で指を折って勘定して見た。岡田がいなくなったのは、ついこの間のようでも、もう五六年になる。彼の気にしていた頭も、この頃ではだいぶ危険に逼《せま》っているだろうと思って、その地《じ》の透《す》いて見えるところを想像したりなどした。
 岡田の髪の毛は想像した通り薄くなっていたが、住居《すまい》は思ったよりもさっぱりした新しい普請《ふしん》であった。
「どうも上方流《かみがたりゅう》で余計な所に高塀《たかべい》なんか築き上《あげ》て、陰気《いんき》で困っちまいます。そのかわり二階はあります。ちょっと上《あが》って御覧なさい」と彼は云った。自分は何より先に友達の事が気になるので、こうこういう人からまだ何とも通知は来ないかと聞いた。岡田は不思議そうな顔をして、いいえと答えた。

        二

 自分は岡田に連れられて二階へ上《あが》って見た。当人が自慢するほどあって眺望《ちょうぼう》はかなり好かったが、縁側《えんがわ》のない座敷の窓へ日が遠慮なく照り返すので、暑さは一通りではなかった。床《
前へ 次へ
全520ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング