いた。自分は彼がその招待に応じたか、上野へ出かけたか、はたして留守であるかさえ知らなかった。自分は自分の前にいる嫂《あによめ》を見て、彼女が披露の席に臨まないという事だけを確めた。
自分は兄の名が話頭に上らないのを苦にした。同時に彼の名が出て来るのを憚《はばか》った。そうした心持でみんなの顔を見ると、無邪気な顔は一つもないように思えた。
自分はしばらくしてお重に「お重お前の室《へや》をちょっと御見せ。綺麗《きれい》になったって威張ってたから見てやろう」と云った。彼女は「当り前よ、威張るだけの事はあるんだから行って御覧なさい」と答えた。自分は下宿をするまで朝夕《ちょうせき》寝起きをした、家中《うちじゅう》で一番|馴染《なじみ》の深い、故《もと》のわが室を覗《のぞ》きに立った。お重は果して後《あと》から随《つ》いて来た。
十一
彼女の室は自慢するほど綺麗にはなっていなかったけれども、自分の住み荒した昔に比べると、どこかになまめいた匂《にお》いが漂よっていた。自分は机の前に敷いてある派出《はで》な模様の座蒲団《ざぶとん》の上に胡坐《あぐら》をかいて、「なるほど」と云
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