自分も人前を憚《はばか》って一口もそれに触れなかった。比較的陽気なのは父であった。彼は多少の諧謔《かいぎゃく》と誇張とを交ぜて、今日どうして自分をおびき出したかを得意らしく母やお重に話した。おびき出すという彼の言葉が自分には仰山《ぎょうさん》でかつ滑稽《こっけい》に聞えた。
「春になったから、皆《みん》なもちっと陽気にしなくっちゃいけない。この頃のように黙ってばかりいちゃ、まるで幽霊屋敷のようで、くさくさするだけだあね。桐畠《きりばたけ》でさえ立派な家《うち》が建つ時節じゃないか」
 桐畠というのは家のつい近所にある角地面《かどじめん》の名であった。そこへ住まうと何か祟《たたり》があるという昔からの言い伝えで、この間まで空地《あきち》になっていたのを、この頃になってようやく或る人が買い取って、大きな普請《ふしん》を始めたのである。父は自分の家が第二の桐畠になるのを恐れでもするように、活々《いきいき》と傍《そば》のものに話し掛けた。平生彼の居馴染《いなじ》んだ室《へや》は、奥の二間《ふたま》続きで、何か用があると、母でも兄でも、そこへ呼び出されるのが例になっていたが、その日はいつもと違っ
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