ら来る自転車だの俥だのと幾度《いくたび》か衝突しそうにした。自分ははらはらしながら病院の前に降《お》ろされた。
 鞄を持ったまま三階に上《あが》った自分は、三沢を探すため方々の室《へや》を覗《のぞ》いて歩いた。三沢は廊下の突き当りの八畳に、氷嚢《ひょうのう》を胸の上に載《の》せて寝ていた。
「どうした」と自分は室に入るや否や聞いた。彼は何も答えずに苦笑している。「また食い過ぎたんだろう」と自分は叱るように云ったなり、枕元に胡坐《あぐら》をかいて上着《うわぎ》を脱いだ。
「そこに蒲団《ふとん》がある」と三沢は上眼《うわめ》を使って、室の隅《すみ》を指した。自分はその眼の様子と頬の具合を見て、これはどのくらい重い程度の病気なんだろうと疑った。
「看護婦はついてるのかい」
「うん。今どこかへ出て行った」

        十三

 三沢は平生から胃腸のよくない男であった。ややともすると吐いたり下したりした。友達はそれを彼の不養生からだと評し合った。当人はまた母の遺伝で体質から来るんだから仕方がないと弁解していた。そうして消化器病の書物などをひっくり返して、アトニーとか下垂性《かすいせい》とか
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