トーヌスとかいう言葉を使った。自分などが時々彼に忠告めいた事をいうと、彼は素人《しろうと》が何を知るものかと云わぬばかりの顔をした。
「君アルコールは胃で吸収されるものか、腸で吸収されるものか知ってるか」などと澄ましていた。そのくせ病気になると彼はきっと自分を呼んだ。自分もそれ見ろと思いながら必ず見舞に出かけた。彼の病気は短くて二三日長くて一二週間で大抵は癒《なお》った。それで彼は彼の病気を馬鹿にしていた。他人の自分はなおさらであった。
けれどもこの場合自分はまず彼の入院に驚かされていた。その上に胃の上の氷嚢《ひょうのう》でまた驚かされた。自分はそれまで氷嚢は頭か心臓の上でなければ載《の》せるものでないとばかり信じていたのである。自分はぴくんぴくんと脈を打つ氷嚢を見つめて厭《いや》な心持になった。枕元に坐っていればいるほど、付景気《つけげいき》の言葉がだんだん出なくなって来た。
三沢は看護婦に命じて氷菓子《アイスクリーム》を取らせた。自分がその一杯に手を着けているうちに、彼は残る一杯を食うといい出した。自分は薬と定食以外にそんなものを口にするのは好くなかろうと思ってとめにかかった。
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